南アフリカからの友人の手紙

  • 2007年1月 5日(金) 17:28 JST
2002年10月17日

Dear, Nagase
 ダーバンに行くのはこれで5回目だけれど、いつまでたっても飛行機をのりついで旅をするのはかったるい。ホノルルからロンドンまで約16時間、そこから ヨハネスブルク経由でダーバンまで約15時間、それに乗り継ぎの時間も入れると丸二日かかる。約55キロの荷物をもって移動するのは、ちゃんとホテル、バ ス、レンタカーの手配をしていても、寝不足の体にはとてもきつい。

 今回はビーチフロントで、コンテスト会場にすぐのホテルをナオ(小川 直久)がとっていてくれて、エアポートバスを降りたら、上から顔を出しているのが 見えてほっとした。波は一番いいときでオーバーヘッド位のオフショアビーチブレイクで、ライトが長く乗れるが、レフトもある。ナオ、ノリ、マー、他の若手 のフリーサーフィンセッションを何回かビデオに撮った。ノリはコンテストでもいい波に乗ってきめて、シェーン ドリアンといっしょにヒートを勝ってた。
 

 7月15日はダーバンを出て、夕方ジェフリーズベイに着いた。レンタカーは一日18ドル(保険付き)。1ドルが10ランドまで下がった南アフリカ は、若 者が国外に移住する問題に悩んでいるらしい。アメリカや日本から来る旅行者にとっては一番物価が安い国の一つなので、とても節約できる。カラニが夕方ア パートの部屋のドアをノックしてきて、荷物をサニーとアンディーのアパートから持ってきた。カラニとJ−BAYでこのアパートを借りるのは3年目だ。ここ はとても寒いところなので、ストーブを次の日部屋にいれてもらった。カラニはコンテストでミック ファニングに負けるまで、ずっと調子よく4−6feet の波をリッピンしていた。結果9位でミックはそのまま一位になった。サファリパークに行った時、カラニが”ブー”とクラクションを鳴らすたんびに孔雀が” クェーッ”とでかい声で鳴くので、おもしろくて何回もならしてた。

 コンテストが終わってカラニはハンティントンビーチに行ってしまった。俺は一人で同じアパートにステイして、2回6−8feetのスウェルを2週 間(7 月後半)で当てた。コンテストが終わった次の日は、ケリー スレーター、ダミアン ホブグッド、シェア ロペス、10人くらいのローカルと一緒にとてもい い波に乗れた。一本すごいチューブを抜けて、そのあとポイント(1キロくらいインサイドのポイント)まで食らいまくって大変だったが、やっぱりいい波に 乗った分はしょうがないやと思った。後で、酒屋でフォトグラファーのジョリさんが、「おまえの波は午前中の波の中でもベストウェーブの一つだったよ。」と 言ってた。クリス バン レナップが水中で構えてたので、もし撮っていてくれてたらと思ったけど、その後一度も会わなかったので、それは分からなかった。 その後もフランスに行くまで、少なくても10回はグッドバレルに入れた!もちろんそのツケは後でタップリまわってきたけど。

 8月6日夜にビアリッツに着いて、ホテルが見つからず、ボードケースを、コンテスト会場にいた、英語の話せないセキュリティーカードにたのんで (わいろ に日本のカップ麺を渡して)、自分は車の中で寝た。朝起きて会場に行って見ると、自分のヒートは昨日すでに終わっていた!頼み込んで補欠になって、次のラ ウンドで鉄兵が来なかったので、そこから出れた。しかし波はひざのオンショアで、体調も最悪で、小波での練習不足もあって、負けた。その後カメラが壊れ て、せっかくナオ、ノリマー、鉄兵、和也と一緒にいるのに、仕事をしないでサーフィンばかりしていた。後日、ラカナウの宿では、今までの旅行の中でワース トワンの最悪な宿で、地下の、窓もない、牢屋みたいなところで、ちょっと切れそうになってしまいました。そのあとホセゴーで一週間滞在して帰ってきまし た。

From Taku HORIE
Road Show title サーフィンフォトグの堀江君がリリースしたビデオ「ロードショー」。ショップにありますので、興味のある方はどうぞ。